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私の好きな本⑥『ピーナッツ・ブックス』チャールズ・M・シュルツ(谷川俊太郎 訳)

人生において、最初に読んだ本を憶えていますか?

親に読み聞かせてもらった本ではなくて、誰かに「これ読んでみたら」と手渡された本ではなくて、自分で棚から選び取って読みこみ、「これが自分の根本を作った」と言い切れるような本。

自分にとっては、『ピーナッツ・ブックス』がそれに当たるのだと思います。

幼少期、数年住んでいた生家の2階に、かなり大きな納戸がありました。
そこの本棚には、かつて母や叔母が自分で買ったり、きっとまだ小さい時分に両親に買ってもらったであろう本が所狭しと並んでいました。
その中でも、ピーナッツ・ブックスはその冊数とカラフルで可愛らしい背表紙で、ひときわ存在感を放っていた。

3歳か4歳の頃、夜な夜な納戸の薄明かりの下で、ピーナッツ・ブックスを読み耽っていた幸福な記憶。僕の最初の「読書原体験」です。
その後引っ越しを重ねて中高生になっても、ほぼリアルタイムで追い続けていましたが、2000年。ついにスヌーピーは完結しました。作者シュルツ氏は、最終回が新聞に掲載される前日に息を引き取ったそうです(凄い…)。

今、この記事のために押し入れから新旧『ピーナッツ・ブックス』を引っぱり出して久しぶりに読んでたのですが、やはり感慨ひとしおです。楽しいというか、安心するというか、馴染みすぎるというか……ちょっとくすぐったいような心地に襲われます。

ライナスの毛布じゃないけど、「帰ってきた」って感じ。「結局、ここから1ミリも動いていないのか」というような気がして、いささか不安にさえなります。
「ここ」というのは幼少期に篭っていたあの納戸であり、自分の内にあるピーナッツ・ワールド。そういう意味では、『ピーナッツ』は自分にとって「羊水」のような場所なのかもしれません。

成人に至るまでずっと抱き続けていた「アメリカ(的なもの)」に対する強い憧憬と愛着も、このピーナッツ・ブックスに端をはっしているはずです。
アメリカンコーヒーとか、ホットチョコレートとか、ドーナッツとか、テレビを見る時にもぐりこむ、体を包みこむくらいでっかいクッションとか、タイプライターとかルートビアとか、地下室のビリヤード台とか、ピーナッツ・バター・サンドイッチとか、サマーキャンプとか、そうしたものがどれほど魅力的に映ったことか。

そしてもうひとつ、このコミックが自分に与えた影響の少なくとも半分は、訳者・谷川俊太郎氏の対訳です。
当時は氏が有名な現代詩人であることなど知らず、貪るように彼の訳したスヌーピーやチャーリーブラウンの台詞を読んでいたわけですが、ここから受けた日本語の影響はとてつもなく大きいものがあったはず。

「はず」というのは、もはや、どのくらいの影響を受けているのか自分では客観的に判断できないから。「3つ児の魂」というか、「先天的影響」というか、それはきっと無意識・細胞レベルまで及んでいることでしょう。そんな「谷俊ピーナッツ」で育った人は、かなり幅広い世代に渡って、日本にたくさんいらっしゃるのではないか。

「配られたカードで勝負するっきゃないのさ…」

子に「言葉」を授けてくれるのが親であるなら、「母」は母と母が読んでくれた絵本、「父」は谷川氏が訳出したピーナッツ・ブックスのひとことひとこと。そのくらい、自分にとって大切な言葉だったと実感します。
(余談ですが、物心ついてから読んだ谷川俊太郎氏の詩集は、自分にはあまり響きませんでした。もちろんとてつもなく偉大な詩人だと感じるし、今では個人的に好きな詩もいくつかあるけど、詩人としては長いこと苦手な存在でさえあった。不思議なものです)。

さて、ピーナッツ・ブックスにはそれぞれ個性豊かなキャラクターが多数登場しますが、皆さんは誰が一番のお気に入りですか?

僕は・・・やっぱりスヌーピー。

もう少し話を引き延ばしたいので続けると、人に上記の質問をすると、たいてい「自分に近い」と感じるキャラクターを選ぶ傾向があるようです。

僕の従姉妹は外見的にも(内面的にも?)ペパーミント・パティに似ているのですが、彼女はやはり「パティが一番好き」と公言していました。

僕はスヌーピーには似ても似つかないですが、深い敬意を払っています。似ているのは(クラシック好きなので)、ピアノ弾きシュレーダー? や、あんなにストイックではないしピアノも弾けない。やっぱりライナスだろうなあ。それとも、さすらい人スパイク(スヌーピーの兄)? あなたはご自分がピーナッツ・ファミリーの誰に似ていると感じますか?

ピーナッツの愉快な仲間たち

ところで、この作品におけるスヌーピーが、ウッドストック以外のキャラクターと「言語」を共有していないことは、着目すべき点と思います。
彼は吹き出しの中では語りに語りまくっていますが、他キャラクターにはスヌーピーが何を考えているのか、その挙動(餌皿をくわえる、喜怒哀楽の表情など)以外では理解することができない。

そんなスヌーピーは小説を書くことが好きで、屋根の上で愛用の赤いタイプライターを叩きまくってますが、どこの出版社からも原稿を送り返されたり、3行目から全く先に進まなかったり。
これほど諧謔と経験に富んだビーグル犬が書いた物語は、きっと面白いに違いないと思うのだけど……。ルーシーは彼の小説に「いつも書き出しが同じ」とダメ出しをしています。

さて、この、小説家であり、旅人であり、空軍パイロットであり、飼い犬である、スヌーピーという驚異的な犬はいったい何者(犬)なのか? 

それについて真面目に考えてみると、「神」というのが一番近いのかな、と思います。
DOG(犬)を後ろから読むとGOD(神)というのは言わずと知れた話ですが、スヌーピーとは、きっと現世の経験を楽しむために、白いビーグル犬として「丸頭の子の飼い犬」としてやってきた神様なのではないか、と勝手に思っています。スヌーピーに言ったら、きっと小粋な台詞で受け流されること間違いなしですが……。

最後に、スヌーピー先生曰く。

「考えられないことについて
考えられるかい?」

じつに含蓄のあるお言葉にあります。

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