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バンクーバー道中記①「バンクーバーに到着する」

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2019年 11月14日(木)午前10時20分。
全日本航空(JAL)海外便は、けぶったようなぶ厚い曇り空の下、バンクーバー国際空港に定刻通り到着した。

飛行機のシートで10時間近く過ごすと、身体のあちこちががちがちにこわばってしまう。元々飛行機が苦手で、今回もろくすっぽ眠れなかった。フライト中はずっとビールを飲み、イヤフォンで音楽を聴いていた。あらかじめダウンロードしておいた、グレン・グールドの弾くバッハとラナ・デル・レイとマーヴィン・ゲイ(旅行中はこの組み合わせが多い)。
荷物を下ろし、改めて機内を見渡す。成田発だが、シーズンオフだからか日本人はあまり多くない(というか、乗客自体が少ない)。

飛行機を降りると、初めてのバンクーバー国際空港内をしばらく歩いてみる。なんだか現実感に欠けている。それが自分のコンディションに由るものなのか、成田空港より「もんわり」した空気のせいなのかうまく判別できない。今回、「旅の道連れ」である母は初めての海外便と海外の空気に喜び、僕よりもずっとテンション高そうである。

入国審査場に向かう下りエスカレーターの横には渓谷を象ったようなモチーフが延々と続いていて、壁からエスカレーター脇までちょろちょろと水が流れている。その先は「たまり」になっていて、底には無数のコインが沈んでいる。トーテムポールのような顔をした巨大な木彫りマーク(写真)が壁に、カナダのシンボルの如く仰々しく飾られている。

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こうした意匠は、遠路はるばるやってきた旅行者を少しでも和ませてくれようとしてしつらえられているのだろうか。しかし、そわそわした気持ちはあまり緩和されない。これから長蛇の列に並んで、IDチェック(パスポート確認と顔認証)と対面による入国審査を受けなければならないからだ。

世界中の「国際空港」がきっとそうであるように、ここカナダにおいても入国審査場の空気は静かで、実際的で、ぴりっとした緊張感が灰色の煙のように漂っている。カメラが付いた自動認証機でプリントアウトしたぺらぺらの紙きれを手に持ち、紺色に金ボタンの制服を纏った、屈強な(全身筋肉でできているかのようだ)ブロンド女性の前に少し緊張しながら立つ。

(ブロンド女性)What’s your purporse?
(僕)Sightseeing.
(ブロンド女性)Where?
(僕)……Here, Vancouver. and…Victoria.
(ブロンド女性)(右手で払うように先を促す)

拍子抜けするほど短い。おそらく、長期滞在者やヴィザ取得希望者だったらもっと仔細なことを訊かれるのだろうが。

空港入り口付近では、今回ホテルを斡旋してもらった旅行会社のガイド(日本人男性)が待っていた。まだ他の予約客が着いていないので、まだ少し空港内をブラブラしててくださいとのこと。

重たいキャリーケースを引きずって空港奥に進むと、かの『Tim Hortons』の真っ赤な看板が見えてくる。
そう、カナダと言えば、ティム・ホートンズ。誰しも認めなきゃならない既成事実である。それはカナダにしか存在せず、(カナダにおいては)スタバよりも店舗数の多いドーナツショップ。
ウィンドウには大量の、多種に渡る(ミスタードーナツよりずっと種類がある)ドーナツが陳列されている。赤い看板とそれら無数のドーナツを目にした途端、ああ、カナダに着いたのだな……という確かな実感がようやくこみ上げてきた。
僕の前には、空港セキュリティーらしき黒人男性と黄褐色の(かなり小柄だが、やはり屈強な)女性が並び、黒人男性はいかにも慣れた様子でドーナッツとコーヒーを買い求め、その場でおいしそうに食べ始めた。
僕も熱い濃いコーヒーが必要だ(できればドーナッツも食べたい)。
番が回ってくる。

(Tim店員さん)Hi.
(僕)Hello. May I have……a cup of black coffee?
(店員さん)You ○○○○?(聴き取れない)
(僕)……OK.(困るとつい「OK.」と言ってしまう癖)

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巨大なカップの縁になみなみ入った紙コップのコーヒーを手渡される。
どうやらコーヒーのサイズを訊かれたようだ。しかし、どこからどう見てもこれは「グランデ」か「ラージ」であろう。それとも、これがカナダのデフォルトなのか?
紙コップがとてつもなく熱い。2重にしてもらうべきだった。
こぼさぬよう、注意深く席に持っていってひとくちすする。味は……薄い。
大量のドーナッツを流し込むのに適した、いかにも匿名的なアメリカンコーヒー。普段、僕が好んで飲むタイプのコーヒーではないけど、ほっとする味。遥か昔、日本にも存在していた『ダンキンドーナッツ』のコーヒーを思い出す。

ティム・ホートンズのコーヒー。これがカナダにおける最初の買い物であり、最初に口にした飲みものであった。やはりドーナツも……と思って立ち上がると、ちょうどガイドのKさんが呼びにやって来た。宿泊者が揃ったらしい。
コーヒーをひとくちで捨てるのは勿体ないので、持参した水筒に移し替える(ちょっとこぼした)。

ツアー同乗者は熊本からいらしたという50代くらいのご夫婦と、岐阜からウォーターフロントに留学中の娘さんに会いに来たという、やはり50代と思しき中年紳士。バンの中で軽く自己紹介を交わす。
ガイド兼運転手のKさんは2003年からカナダに在住している日本人男性。僕より(たぶん)年下で、太田光氏を男前にした感じ(すいません)のナイスガイ。実家は福岡だが、2003年にホームステイでカナダに初めて来た時、すぐに気に入ってしまい、そのまま永住権を取得し、現在はバーナビーに住んでいるという。そんな人生もあるのか。

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Kさんがマイクを用いて車窓を流れていく風景を所々解説してくれるが、ろくすっぽ頭に入ってこない。Kさんの解説に問題があるのではなくて、僕が眠っていないからなのだろう。母は興味深そうに窓の外を見ている。
注意点。「ヘイスティングストリート」なる通りは、とてつもなく治安が悪いので絶対近づかないこと(そう言われると、無性に行きたくなる性分である)。カナダにおける「チップ文化」をしっかり理解しておくこと。そのくらいだったか。

一軒あたり相場3億円(!)という高級住宅地を通り抜け、宿泊するホテルがある「バラッド・ストリート」にだいたい40分くらいかけて辿り着いた。結構な車酔いを感じる。

受付でチェックインを済ませ、キーを受け取る。フロントの中国人女性(おそらく)の英語が流暢すぎて、うまく聴き取れない。先が思いやられる。
我々親子が今回1週間宿泊するホテルは五つ星評価で「★★★☆☆」くらい。あらかじめ写真で見た通り、そこそこ広くて清潔である。しかし浴室をチェックすると、やはり日本の素晴らしさを痛感しないわけにはいかない。
と言うのは、シャワーが据え付けで(これは痛い)、浴槽は妙に浅く、身体をすっかり浸からせることができないのである。ウォシュレットも当然ついていない。このあたりは日本のホテルの素晴らしさを思い知った。贅沢言うな。すみません。
ただ、部屋の大きな窓からの景色は圧巻だった。バンクーバーの北側を完全に一望できてしまう。長く見ていると景色に吸いこまれてしまうようだ。バンクーバーの社長たちは自社ビルやタワーマンションの窓辺で腕組みして、この景色を見下ろして過ごしているのだろうか。まったく、とんでもないことだ。

それにしても、渋谷や六本木のそれを凌駕するような近代的な高層ビルがあちこちに建っているのだが、東京のように無機質な感じが全くしないのはなぜだろう? あとで考えてみよう。

荷物を下ろし、母と今後の予定を話し合う。目的地がお互い異なるので、細かくすり合わせておく必要がある。
まだ午前中だが、とにかく疲労感が凄まじい。今は近辺を軽くぶらついて、朝食だけに留めようということで意見が一致する。一眼レフを持っていきたかったけど、街の空気に身体を馴染ませるだけに留めておこうと思い直し、CHUMSのポーチ(パスポートと紙幣が入れてある)だけ首からかけて外に出た。(続きます)

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